《さわぎ》に充ちてるのとで、日一日、人ツ子一人来ないとなると、俄かに荒れはてた様な気がする。常には目立たぬ塵埃《ちりほこり》が際立つて目につく、職員室の卓子《テーブル》の上も、硯箱やら帳簿やら、皆取片付けられて了つて、其上に薄く塵が落ちた。
 懶《ものう》いチクタクの音を響かせてゐる柱時計の下で、富江は森川の帰りを待つ間の退屈を、額に汗をかきながら編物をしてゐた。暑い盛りの午後二時過、開け放した窓から時々|戸外《そと》を眺めるが、烈々たる夏の日は目も痛む程で、うなだれた木の葉に習《そよ》との風もなく、大人は山に、子供らは皆川に行つた頃だから、四周《あたり》が妙に静まり返つてゐる。其処へブラリと昌作が遣つて来た。
『暑いでせう外は。先刻《さつき》から眠くなつて/\為様《しやう》のないところだつたの。』と富江は椅子を薦める。年下の弟でも遇《あしら》ふ様な素振だ。
 それに慣れて了つて、昌作も挨拶するでもなく『暑い/\。』と帽子も冠らずに来た髪《け》のモヂヤ/\した頭に手を遣つて、荒い白絣の袖を肩に捲り上げた儘腰を下した。
『森川君は?』
『鮎釣に行つたの。釣れもしないくせに。』
『すると何
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