も為難《しにく》い。夏中|逗留《とうりう》するといへば、怎《ど》うせ又顔を合せなければならぬのだ。
それで、吉野が線路を横切つて来るのを待つて、少し顔を染め乍ら軽くS巻の頭を下げて会釈した。
『や、意外な処でお目に懸ります。』と余り偶然な邂逅を吉野も少し驚いたらしい。
『先日は失礼致しました。』
『怎《ど》うしまして、私《わたくし》こそ……。』と、脱《と》つた帽子の飾紐《リボン》に切符を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]みながら、『フム、小川の所謂|近世的婦人《モダーンウーマン》が此《この》女《ひと》なのだ!』と心に思つた。
そして、体を捻つて智恵子に向ひ合つて、
『後で静子さんから承つたんですが、貴女は日向さんと被仰《おつしや》るんですね?』
『ハ、左様で御座います。』
『何れお目に懸る機会も有るだらうと思つてましたが、僕は吉野と申します。小川に居候に参つたんで。』
『お噂は、予《かね》て静子さんから承つて居りました。』
『来たよウ。』と駅夫が向側で叫んだので、二人共目を転じて線路の末を眺めると、遠く機関車の前部《まへ》が見えて、何やらキラ/
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