ら取り上げた。
『お預りしても宜敷《よろし》うございませうか? 出過ぎた様でございますけれど。』
『ハ? ハ。それア何でごあんす……』と言つて、安藤は密《そつ》と秋野の顔色を覗つた。秋野は黙つて煙管を咬《くは》へてゐる。
月給から言へば、秋野は孝子の上である。然し資格から言へば、同じ正教員でも一人は検定試験上りで、一人は女ながらも師範出だから、孝子は校長の次席《つぎ》なのだ。
秋野が預るとすると、男だから、且《か》つは土地者《ところもの》だけに種々《いろいろ》な関係があつて、屹度《きつと》何かの反響《さしひびき》が起る。孝子はそれも考へたのだ。そして、
『私の様な無能者《やくにたたず》がお預りしてゐると、一番安全でございます。ホヽヽヽ。』
と、取つてつけた様に笑ひながら、校長の返事も待たず、その八つ折りの紙を袴の間に挾んで、自分の席に復した。その顔はポウツと赧《あか》らんでゐた。
常にない其|行動《しうち》を、健は目を円《まろ》くして眺めた。
『成程。』と、その時東川は膝を叩いた。『並木先生は偉い。出来《でか》した、出来した、なアる程それが一番だ。』
と言ひながら健の方を向いて、
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