す》つた揉《も》んだと果しなく諍《あらそ》つてるのが、――校長の困り切つてるのが、何だか面白くなつて来た。そして、ツと立つて、解職願を再《また》校長の卓に持つて行つた。
『兎に角これは貴方に差上げて置きます。奈何《どう》なさらうと、それは貴方の御権限ですが……』
と言ひながら、傍《はた》から留めた秋野の言葉は聞かぬ振をして、自分の席に帰つて来た。
『困りあんしたなア。』と、校長は両手で頭を押へた。
眇目《めつかち》の東川も、意地悪い興味を覚えた様な顔をして、黙つてそれを眺めた。秋野は煙管の雁首《がんくび》を見ながら煙草を喫《の》んでゐる。
と、今迄何も言はずに、四人の顔を見巡《みまは》してゐた孝子は、思切つた様に立上つた。
『出過ぎた様でございますけれども……アノ、それは私がお預り致しませう。……千早先生も一旦お出しになつたのですから、お厭でせうし、それでは安藤先生もお困りでせうし、お役場には又、御事情がお有りなのですから……』と、心持息を逸《はづ》ませて、呆気《あつけ》にとられてゐる四人の顔を急《いそが》しく見巡した。そして、膨《むつち》りと肥つた手で静かにその解職願を校長の卓か
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