『千早先生も、それなら可《え》がべす?』
『並木先生。』と健は呼んだ。
『マ、マ。』と東川は手を挙げてそれを制した。『マ、これで可《い》いでば。これで俺の役目も済んだといふもんだ。ハヽヽヽ。』
そして、急に調子を変へて、
『時に、安藤先生。今日の新入学者は何人位ごあんすか?』
『ハ?……えゝと……えゝと、』と、校長は周章《まごつ》いて了つて、無理に思出すといふ様に眉を萃《あつ》めた。『四十八名でごあんす。然《さ》うでごあんしたなす。並木さん?』
『ハ。』
『四十八名すか? それで例年に比べて多い方すか、少い方すか?』
話題《はなし》は変つて了つた。
『秋野先生、』
と言ひながら、胡麻塩頭の、少し腰の曲つた小使が入つて来た。
『お家から迎《むけ》えが来たアす。』
『然うか。何用だべな。』と、秋野は小使と一緒に出て行つた。
腕組をして眤《じつ》と考込んでゐた健は、その時ツと立上つた。
『お先に失礼します。』
『然うすか?』と、人々はその顔――屹《きつ》と口を結んだ、額の広い、その顔を見上げた。
『左様なら。』
健は玄関を出た。処々乾きかゝつてゐる赤土の運動場には、今年初めての黄《
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