め》が潰れた眼の上に度の強い近眼鏡をかけてゐる。小形の鼻が尖《とんが》つて、見るから一癖あり相な、抜目のない顔立である。
『時に、』と、東川は話の断目《きれめ》を待構へてゐた様に、椅子を健の卓に向けた。『千早先生。』
『何です?』
『実は其用で態々《わざわざ》来たのだがなす、先生、もう出したすか? 未《ま》だすか?』
『何をです?』
『何をツて。其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》に白ばくれなくても可《よ》ごあんすべ。出したすか? 出さねえすか?』
『だから何をさ?』
『解らない人だなア。辞表をす。』
『あゝ、その事《こつ》ですか。』
『出したすか? 出さねえすか?』
『何故《なぜ》?』
『何故ツて。用があるから訊くのす。』
 よくツケ/\と人を圧迫《おしつ》ける様な物言《ものいひ》をする癖があつて、多少の学識もあり、村で健が友人《ともだち》扱ひをするのは此男の外に無かつた。若い時は青雲の夢を見たもので、機会《をり》あらば宰相の位にも上らうといふ野心家であつたが、財産のなくなると共に徒《いたづ》らに村の物笑ひになつた。今では村会議員
前へ 次へ
全43ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング