の様に意味のないことを言つて、卓《つくゑ》の上の手焙《てあぶり》の火を、煙管で突《つつ》いてゐる。
『一学年は並木さんの受持だが、御意見は奈何《どう》です?』
 然う言ふ健の顔に、孝子は一寸薄目を与《く》れて、
『それア私の方は……』
と言出した時、入口の障子がガラリと開《あ》いて、浅黄がゝつた縞の古袷に、羽織も着ず、足袋も穿かぬ小造りの男が、セカ/\と入つて来た。
『やあ、誰かと思つたば東川《ひがしかは》さんか。』と、秋野は言つた。
『其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》に喫驚《びつくり》する事はねえさ。』
 然う言ひながら東川は、型の古い黒の中折を書類入の戸棚の上に載せて、
『やあお急《いそが》しい様でごあんすな。好《い》いお天気で。』
と、一同《みんな》に挨拶した。そして、手づから椅子を引寄せて、遠慮もなく腰を掛け、校長や秋野と二言三言話してゐたが、何やら気の急ぐ態度《やうす》であつた。その横顔を健は眤《じつ》と凝視《みつ》めてゐた。齢は三十四五であるが、頭の頂辺《てつぺん》が大分《だいぶ》円《まろ》く禿げてゐて、左眼《ひだり
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