事を見てゐると、どうしても敬服せずには居られませんの。先生は随分苦しい生活をして居られます。それはお気毒な程です。そして、先生の奥様《おくさん》といふ人は、矢張好い人で、優しい、美しい(但し色は少し黒いけれど、)親切な方です。……』
と書いたものだ。実際それは孝子の思つてゐる通りで、この若い女教師から見ると、健が月末の出席|歩合《ぶあひ》の調べを怠けるのさへ、コセ/\した他の教師共より偉い様に見えた。
 が、流石は女心で、例へば健が郡視学などと揶揄《からかひ》半分に議論をする時とか、父の目の前で手厳しく忠一を叱る時などは、傍《はた》で見る目もハラ/\して、顔を挙げ得なかつた。
 今も、健が声高に忠一を叱つたので、宿直室の話声が礑《はた》と止んだ。孝子は耳敏くもそれを聞付けて忠一が後退《あとしざ》りに出て行くと、
『マア、先生は!』
と低声《こごゑ》に言つて、口を窄《すぼ》めて微笑みながら健の顔を見た。
『ハヽヽヽ。』と、渠は軽《かろ》く笑つた。そして、眼を円《まろ》くして直ぐ前に立つてゐる新入生の一人に、
『可《い》いか。お前も学校に入ると、不断先生の断りなしに入つては不可《いけな》い
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