普通《あたりまへ》の小供にすると言つて、暇さへあればその由松を膝の間に坐らせて、(先生は腰かけて、)上から眤《じつ》と見下しながら、肩に手をかけて色々なことを言つて聞かせてゐます。その時だけは由松も大人しくしてゐて、終ひには屹度《きつと》メソ/\泣出して了ひますの。時として先生は、然うしてゐて十分も二十分も黙つて由松の顔を見てゐることがあります。二三日前でした、由松は先生と然うしてゐて、突然眼を瞑《つぶ》つて背後《うしろ》に倒れました。先生は静かに由松を抱いて小使室へ行つて、頭に水を掛けたので小供は蘇生しましたが、私共は一時|喫驚《びつくり》しました。先生は、「私の精神と由松の精神と角力《すまふ》をとつて、私の方が勝つたのだ。」と言つて居られました。その由松は近頃では清書なんか人並に書く様になりました。算術だけはいくら骨を折つても駄目ださうです。
『秀子さん、そら、あの寄宿舎の談話室ね、彼処《あそこ》の壁にペスタロツヂが小供を教へてゐる画が掲《か》けてあつたでせう。あのペスタロツヂは痩せて骨立つた老人でしたが、私、千早先生が由松に物を言つてるところを横から見てゐると、何といふことなくあ
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