紙幣《さつ》と銀貨を交《ま》ぜて十二円渡される。検定試験上りの秋野は十三円で、古い師範出の校長は十八円であつた。そして、校長は気毒相《きのどくさう》な顔をしながら、健には存在《ぞんざい》な字で書いた一枚の前借証を返してやる。渠は平然《けろり》としてそれを受取つて、クル/\と円めて火鉢に燻《く》べる。淡い焔がメラ/\と立つかと見ると、直ぐ消えて了ふ。と、渠は不揃な火箸を取つて、白くなつて小《ちひさ》く残つてゐる其灰を突《つつ》く。突いて、突いて、そして上げた顔は平然《けろり》としてゐる。
孝子は気毒《きのどく》さに見ぬ振をしながらも、健のその態度《やうす》をそれとなく見てゐた。そして訳もなく胸が迫つて、泣きたくなることがあつた。其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》時は、孝子は用もない帳簿などを弄《いぢく》つて、人後《ひとあと》まで残つた。月給を貰つた為に怡々《いそいそ》して早く帰るなどと、思はれたくなかつたのだ。
孝子の目に映つてゐる健は、月給八円の代用教員ではなかつた。孝子は或る時その同窓の女友達の一人へ遣つた手紙に、この若い教
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