つた。そして、秋野の煙管を借りて、美味《うま》さうに二三服続け様に喫《の》んだ。孝子はそれを見てゐるのが、何がなしに辛かつた。宿へ帰つてからまで其事を思出して、何か都合の好い名儀をつけて、健に金を遣る途はあるまいかと考へた事があつた。又、去年の一夏、健が到頭|古袷《ふるあはせ》を着て過した事、それで左程暑くも感じなかつたといふ事なども、渠《かれ》自身の口から聞いてゐたが、村の噂はそれだけではなかつた。其夏、毎晩夜遅くなると、健の家《うち》――或る百姓家を半分|劃《しき》つて借りてゐた――では障子を開放《あけはな》して、居たたまらぬ位杉の葉を燻《いぶ》しては、中で頻《しき》りに団扇で煽《あふ》いでゐた。それは多分蚊帳が無いので、然うして蚊を逐出してから寝たのだらうといふ事であつた。其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》に苦しい生活をしてゐて、渠には些《ちつ》とも心を痛めてゐる態《ふう》がない。朝から晩まで、真《しん》に朝から晩まで、小供等を対手に怡々《いい》として暮らしてゐる。孝子が初めて此学校に来た秋の頃は、毎朝|昧爽《よあけ》から朝
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