でなくして、ツマリ自分のものにして、人の入られぬ様に厚い枳殻垣《からたちがき》を繞らして、本丸の跡には、希臘《ギリシヤ》か何処かの昔の城を真似た大理石の家を建てて、そして、自分は雪より白い髪をドツサリと肩に垂らして、露西亜《ロシヤ》の百姓の様な服を着て、唯一人其家に住む。終日読書をする。霽《は》れた夜には大砲の様な望遠鏡で星の世界を研究する。曇天か或は雨の夜には、空中飛行船の発明に苦心する。空腹を感じた時は、電話で川岸《かし》の洋食店から上等の料理を取寄る。尤も此給仕人は普通《ただ》の奴では面白くない。顔は奈何《どう》でも構はぬが、十八歳で姿の好い女、曙色《あけぼのいろ》か浅緑の簡単な洋服を着て、面紗《ヴエール》をかけて、音のしない様に綿を厚く入れた足袋を穿いて、始終無言でなければならぬ。掃除をするのは面倒だから、可成《なるべく》散らかさない様に気を付ける。そして、一年に一度、昔|羅馬《ロウマ》皇帝が凱旋式に用ゐた輦《くるま》――それに擬《ま》ねて『即興詩人』のアヌンチヤタが乗廻した輦、に擬ねた輦に乗つて、市中を隈なく廻る。若し途中で、或は蹇《あしなへ》、或は盲目《めくら》、或は癩を病
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