む者、などに逢つたら、(その前に能く催眠術の奥義を究めて置いて、)其奴《そいつ》の頭に手が触つた丈で癒してやる。……考へた時は大変面白かつたが、恁書いて見ると、興味索然たりだ。饒舌《おしやべり》は品格を傷《そこな》ふ所以である。
 立花浩一と呼ばるる自分は、今から二十幾年前に、此盛岡と十数|哩《マイル》を隔てた或る寒村に生れた。其処の村校の尋常科を最優等で卒業した十歳の春、感心にも唯一人|笈《きふ》をこの不来方城下に負ひ来つて、爾後八星霜といふもの、夏休暇《なつやすみ》毎の帰省を除いては、全く此土地で育つた。母がさる歴《れつき》とした旧藩士の末娘であつたので、随つて此旧城下蒼古の市《まち》には、自分のために、伯父なる人、伯母なる人、また従兄弟なる人達が少なからずある。その上自分が十三四歳の時には、今は亡くなつた上の姉さへ此盛岡に縁付いたのであつた。自分は此等縁辺のものを代る/″\喰ひ廻つて、そして、高等小学から中学と、漸々《だんだん》文の林の奥へと進んだのであつた。されば、自分の今猶生々とした少年時代の追想――何の造作もなく心と心がピタリ握手して共に泣いたり笑つたり喧嘩して別れたりした
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