あつて、今、一年中唯一度の盛装を凝《こら》して居た。葉といふ葉は皆黄金の色、暁の光の中で微動《こゆるぎ》もなく、碧々として薄《うつす》り光沢《つや》を流した大天蓋《おほぞら》に鮮かな輪廓をとつて居て、仰げば宛然《さながら》金色《こんじき》の雲を被《き》て立つ巨人の姿である。
 二人が此大公孫樹の下まで行つた時、繁は何か口疾《くちど》に囁いた。お夏は頷《うなづ》いた様である。
 忽ち極めて頓狂な調子外れな声が繁の口から出た。
『ヨシキタ、ホラ/\。』
『ソレヤマタ、ドツコイシヨ。』
とお夏が和した。二人は、手に手を放つて踊り出した。
 踊といつても、元より狂人の乱舞である。足をさらはれてお夏の倒れることもある。※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《だう》と衝き当つて二人共々重なり合ふ事もある。繁が大公孫樹の幹に打衝《ぶつつか》つて度を失ふ事もある。そして、恁《かう》いふ事のある毎に、二人は腹の底から出る様な声で笑つて/\、笑つて了へば、『ヨシキタホラ/\』とか、『ソレヤマタドツコイシヨ』とか、『キタコラサツサ』とか調子をとつて、再び真面目に踊り出すのである。
 ※[#「王+倉」
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