、この伯母が家に着いて、晩《く》れゆく秋の三日《みつか》四日《よつか》、あかぬ別れを第二の故郷と偕《とも》に惜み惜まれたのであつた。
 一夜《ひとよ》、伯母やお苑さんと随分夜更くるまで語り合つて、枕に就いたのは遠近《をちこち》に一番鶏の声を聞く頃であつたが、翌くる朝は怎《ど》うしたものか、例になく早く目が覚めた。枕頭《まくらもと》の障子には、わづかに水を撒いた許りの薄光《うすあかり》が、声もなく動いて居る。前夜お苑さんが、物語に気を取られて雨戸を閉めるのを忘れたのだ。まだ/\、早いな、と思つたが、大望を抱いてる身の、宛然《さながら》初陣の暁と云つたやうな心地は、目がさめてから猶温かい臥床《ふしど》を離れぬのを、何か安逸を貪る所業の様に感じさせた。自分は、人の眠を妨げぬやうに静かに起きて、柱に懸けてあつた手拭を取つて、サテ音させぬ様に障子を明けた。秋の朝風の冷たさが、颯《さ》と心地よく全身に沁み渡る。庭へ下りた。
 井戸ある屋後《をくご》へ廻ると、此処は半反歩許りの野菜畑で、霜枯れて地に伏した里芋の広葉や、紫の色|褪《あ》せて茎許りの茄子の、痩せた骸骨《むくろ》を並べてゐる畝や、抜き残さ
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