柵の頭《かしら》が並んで居る。白! 白! 白! 此白は乃ち、此白い門に入りつ出つする幾多うら若き学園の逍遙者の、世の塵に染まぬ潔白な心の色でがなあらう。柵の前には一列をなして老いた桜の樹が立つて居る。美しく紅葉した其葉は、今傾きかけた午後三時の秋の日に照されて、いと物静かに燃えて見える。五片六片、箒目見ゆる根方の土に散つて居るのもある。柵と桜樹の間には一条の浅い溝があつて、掬《むす》ばば凝《こ》つて掌上《てのひら》に晶《たま》ともなるべき程澄みに澄んだ秋の水が、白い柵と紅い桜の葉の影とを浮べて流れて居る。柵の頭の尖端《とがり》々々には、殆んど一本毎に真赤な蜻蛉が止つて居る。
自分は、えも云はれぬ懐かしさと尊さに胸を一杯にし乍ら此白門に向つて歩を進めた。溝に架《わた》した花崗石《みかげいし》の橋の上に、髪ふり乱して垢光りする襤褸《ぼろ》を着た女乞食《をなごこじき》が、二歳許りの石塊《いしくれ》の様な児に乳房を啣《ふく》ませて坐つて居た。其|周匝《めぐり》には五六人の男の児が立つて居て、何か秘々《ひそひそ》と囁き合つて居る。白玉殿前《はくぎよくでんぜん》、此一点の醜悪! 此醜悪をも、然し
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