であつた。されば、自分の今猶|生々《いき/\》とした少年時代の追想――何の造作もなく心と心がピタリ握手して共に泣いたり笑つたり喧嘩して別れたりした澤山の友人の事や、或る上級の友に、立花の顏は何處かナポレオンの肖像に似て居るネ、と云はれてから、不圖軍人志願の心を起して毎日體操を一番眞面目にやつた時代の事や、ビスマークの傳を讀んでは、直《すぐ》小比公《せうびこう》氣取の態度を取つて、級友の間に反目の種を蒔いた事や、生來虚弱で歴史が好きで、作文が得意であつた處から、小ギポンを以て自任して、他日是非印度衰亡史を著はし、それを印度語に譯して、かの哀れなる亡國の民に愛國心を起さしめ、獨立軍を擧げさせる、イヤ其前に日本は奈何《どう》かしてシャムを手に入れて置く必要がある。……其時は自分はバイロンの轍《てつ》を踏んで、筆を劍に代へるのだ、などと論じた事や、その後、或るうら若き美しい人の、潤《うる》める星の樣な双眸《まなざし》の底に、初めて人生の曙の光が動いて居ると氣が附いてから、遽かに夜も晝も香《かぐ》はしい夢を見る人となつて、旦暮《あけくれ》『若菜集』や『暮笛集』を懷にしては、程近い田圃の中にある小
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