なるを卑《ひく》しとせざるべし。黄金の葉は天上の舞を舞ふて地に落つるのだ。狂人繁と狂女お夏とは神の御庭《みには》に地上の舞を舞ふて居るのだ。
 突如、梵天の大光明が、七彩嚇灼の耀を以て、世界開發の曙の如く、人天三界を照破した。先づ雲に隱れた巨人の頭《かしら》を染め、ついで、其金色の衣を目も眩《くらめ》く許に彩り、軈て、普《あま》ねく地上の物又物を照し出した。朝日が山の端を離れたのである。
 見よ、見よ、踊りに踊り、舞ひに舞ふお夏と繁が顏のかゞやきを。痩せこけて血色のない繁は何處へ行つた? 頸筋黒くポカンとしたお夏は何處へ行つた? 今此處に居るのはこれ、天《そら》の日の如くかがやかな顏をした、神の御庭の朝の舞に、遙か下界から選び上げられた二人《ふたり》の舞人《まひびと》である。金色の葉がしきりなく降つて居る。金色の日光が鮮やかに照して居る。其葉其日光のかゞやきが二人の顏を恁染めて見せるのか? 否、然《さう》ではあるまい。恐らくは然《さう》ではあるまい。
 若し然《さう》とすると、それは一種の虚僞である。此莊嚴な、金色燦然たる境地に、何で一點たりとも虚僞の陰影の潜むことが出來よう。自分は、
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