や》る芝居でも行つて見て居る樣な心地。
 お夏が顏の崩れる許りニタ/\/\と笑つた時、繁は三度聲を出して『ウッ』と唸つた。と見るや否や、矢庭に飛びついてお夏の手を握つた。引張り出した。此時の繁の顏! 笑ふ樣でもない、泣くのでもない。自分は辭《ことば》を知らぬ。
 お夏は猶ニタ/\と笑い乍ら、繁の手を曳くに任せて居る。二人は側縁《そばえん》の下まで行つて見えなくなつた。社前の廣庭へ出たのである。――自分も位置を變へた。廣庭の見渡される場所《ところ》へ。
 坦《たん》たる廣庭の中央には、雲を凌いで立つ一株の大公孫樹があつて、今、一年中唯一度の盛裝を凝《こら》して居た。葉といふ葉は皆黄金の色、曉の光の中で微動《こゆらぎ》もなく、碧々《あを/\》として薄《うつす》り光澤《つや》を流した大天蓋《おほぞら》に鮮かな輪廓をとつて居て、仰げば宛然《さながら》金色の雲を被て立つ巨人の姿である。
 二人が此公孫樹の下まで行つた時、繁は何か口疾《くちばや》に囁いた。お夏は頷《うなづ》いた樣である。
 忽ち極めて頓狂な調子外れな聲が繁の口から出た。
『ヨシキタ、ホラ/\』
『ソレヤマタ、ドッコイショ。』
とお
前へ 次へ
全51ページ中47ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング