》に載せた。
顏を洗つてから、可成《なるべく》音のせぬ樣に水を汲み上げて、盥の水を以前《もと》の如く清く盈々《なみ/\》として置いて、さて彼の一片の小扇をとつて以前《もと》の如くそれに浮べた。
恁《かく》して自分は、云ふに云はれぬ或る清淨な滿足を、心一杯に感じたのであつた。
起き出でた時よりは餘程明るくなつたが、まだ/\日の出るには程がある。家の中でも隣家《となり》でも、誰一人起きたものがない。自分は靜かに深呼吸をし乍ら、野菜畑の中を彼方此方《あちこち》と歩いて居た。
だん/\進んで行くと、突當りの木槿垣《むくげがき》の下に、山の端《は》はなれた許りの大滿月位な、シッポリと露を帶びた雪白の玉菜《キャベーヂ》が、六個《むつ》七個《なゝつ》並んで居た。自分は、霜枯れ果てた此畑中に、ひとり實割れるばかり豐《ふくよ》かな趣きを見せて居る此『野菜の王』を、少なからず心に嬉しんだ。
不圖、何か知ら人の近寄る樣なけはひがした。菜園滿地の露のひそめき乎? 否否、露に聲のある筈がない。と思つて眼を轉じた時、自分はひやり[#「ひやり」に傍点]と許り心を愕《おどろ》かした。そして、呼吸《いき》をひ
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