百分の一秒時、忽ち又一事件の起るあつて少からず自分を驚かせた。
今迄自分の立つて居る石橋に土下座して、懷中《ふところ》の赤兒に乳を飮ませて居た筈の女乞食が、此時|卒《には》かに立ち上つた。立ち上るや否や、茨《おどろ》の髮をふり亂して、帶もしどけなく、片手に懷中の兒を抱き、片手を高くさし上げ、裸足《はだし》になつて驅け出した。驅け出したと見るや否や、疾風の勢を以て、かの聲無く靜かに練つて來る葬列に近づいた。近づいたなと思ふと、骨の髓までキリ/\と沁む樣な、或る聽取り難き言葉、否、叫聲が、嚇《くわつ》と許り自分の鼓膜を突いた。呀《あ》ツと思はず聲を出した時、かの聲無き葬列は礑《はた》と進行を止めて居た、そして棺を擔いだ二人の前の方の男は左の足を中有《ちう》に浮して居た。其|爪端《つまさき》の處に、彼の穢い女乞食が※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と許り倒れて居た。自分と並んで居る一團の少年は、口々に、聲を限りに、『あやア、お夏だ、お夏だッ、狂女《ばかをなご》だッ。』と叫んだ。
『お夏』と呼ばれた彼の女乞食が、或る聽取り難い言葉で一聲叫んで、棺に取縋つたのだ。そして、彼
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