『イヤ、立花さんでアごあせんか? こりや怎《ど》うもお久振でごあんした喃《なあ》。』
と、聞き覺えのある、錆びた/\聲が應じた。ああ然《さう》だ、この聲の主を忘れてはならぬ。鹿川先生と同じく、此校創立以來既に三十年近く勤續して居る正直者、歩振《あるきぶり》の可笑《をか》しなところから附けられた『家鴨《あひる》』といふ綽名《あだな》をも矢張三十年近く呼ばれて居る阿部老小使である。
『今日はハア土曜日でごあんすから、先生は皆《みんな》お歸りになりあしたでア。』
 土曜日? おゝ然《さう》であつた。學校教員は誰しも土曜日の來るを指折り數へて待たぬものがない。自分も其教員の一人であり、且つ又、この一週七曜の制は、黄道十二支と共に、五千年の昔、偉大なるアッケデヤ人の創めたもので、其後希臘人は此制をアレキサンデリヤから輸入し、羅馬人は西暦紀元の頃に八日一週の舊制を捨てて此制を採用し、ひいては今日の世界に到つたものである、といふ事をさへ、克《よ》く研究して居る癖に、怎《ど》うして今日は土曜日だといふ事を忘却して居たものであらう、誠に頓馬な話である。或は自分は、滯留三日にして早く既に盛岡人の呑氣な
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