むり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]に痛えがす? お由|殿《どん》、寢だら可《え》がべす。』と、一人の顏のしやくんだ嬶が言つた。
『何有《なあに》!』
恁う言つて、お由は腰に支《か》つた右手を延べて、燃え去つた爐の柴を燻べる。髮のおどろに亂れかゝつた、その赤黒い大きい顏には、痛みを怺へる苦痛が刻まれてゐる。四十一までに持つた四人の夫、それを皆追出して遣つた惡黨女ながら、養子の金作が肺病で死んで以來、口は減らないが、何處となく衰へが見える。亂れた髮には白いのさへ幾筋か交つた。
『眞箇《ほんと》だぞえ。寢れば癒るだあに。』とお申婆も口を添へる。
『何有《なあに》!』とお由は又言つた。そして、先刻から三度目の同じ辯疏《いひわけ》を、同じ樣な詰らな相な口調で附け加へた、『晩方に庭の臺木《どぎ》さ打倒《ぶんのめ》つて撲《ぶ》つたつけア、腰ア痛くてせえ。』
『少し揉んで遣《や》べえが!』とお申《さる》。
『何有!』
『ワッハハ。』氣懈《けだる》い笑ひ方をして、松太郎は顏を上げた。
『ハッハハ。醉へエばアア寢たくなアるウ、(と唄ひさして、)寢れば、それから何だつけ? ※[#「
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