口+云」、第3水準1−14−87]《うん》、何だつけ? ハッハハ。あしきを攘うて救けたまへだ。ハッハハ。』と又グラリとする。
『先生樣ア醉つたなツす。』と、……皺くちやの一人が隣へ囁いた。
『眞箇《ほんと》にせえ。歸るべえが?』と、その隣りのお申婆へ。
『まだ可がべえどら。』と、お由が呟く樣に口を入れた。
『こら、家の嬶、お前は何故、今夜は酒を飮まないのだ。』と松太郎は又顏を上げた。舌もよくは廻らぬ。
『フム。』
『ハッハハ。さ、私が踊ろか。否、醉つた、すつかり醉つた。ハハ。神がこの世へ現はれて、か。ハッハハ。』
と、坐つた儘で妙な手附。
ドヤ/\と四五人の跫音が戸外に近づいて來る。顏のしやくつたのが逸早く聞耳を立てた。
『また隔離所さ誰か遣られたな。』
『誰だべえ?』
『お常ツ子だべえな。』と、お申婆が聲を潜めた。『先刻《さきた》、俺ア來る時、巡査ア彼家《あすこ》へ行つたけどら。今日檢査の時ア裏の小屋さ隱れたつけア、誰か知らせたべえな。昨日から顏色《つらいろ》ア惡くてらけもの。』
『そんでヤハアお常ツ子も罹つたアな。』と囁いて、一同は密と松太郎を見た。お由の眼玉はギロリと光つた。
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