んしや》此家に居る? ウン此狐奴、何だ? 寢ろ? カラ小癪な!默れ、この野郎、默れ默れ、默らねえか? 此畜生奴、乞食《ほいど》、癩病《どす》、天理坊主! 早速《じらから》と出て行け、此畜生奴!』
 突然、這※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]事を口汚く罵つて、お由はドタリと上り框の板敷に倒れる。
『まア、まア。』
と言つた調子で、松太郎は、繼母でも遇《あしら》ふ樣に、寢床の中擦り込んで、布團をかけてやる。渠は何日しか此女を扱ふ呼吸《こつ》を知つた。惡口は幾何吐いても、別に抗爭《てむか》ふ事はしないのだ。お由は寢床に入つてからも、五分か十分、勝手放題に呶鳴り散らして、それが止むと、太平な鼾をかく。翌朝になれば平然《けろり》としたもの。前夜の詫を言ふ事もあれば言はぬ事もある。
 此家の門と鍛冶屋の門の外《ほか》には、「神道天理教會」の表札が掲げられなかつた。松太郎は別段それを苦に病むでもない。時偶《ときたま》近所へ夜話に招ばれる事があれば、役目の説教もする、それが又、奈何でも可いと言つた調子だ。或時、痩馬喰《やせばくらふ》の嬶が、子供が腹を病んでるからと
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