を瞰下した。古の尊き使徒が異教人の國を望んだ時の心地だ。壓潰した樣に二列に列んだ茅葺の屋根、其處からは※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]の聲が間を置いて聞えて來る。
 習《そよ》との風も無い。最中過《さなかすぎ》の八月の日光が躍るが如く溢れ渡つた。氣が附くと、畑々には人影が見えぬ。丁度、盆の十四日であつた。
 松太郎は何がなしに生き甲斐がある樣な氣がして、深く深く、杉の樹脂《やに》の香る空氣を吸つた。が、霎時《しばらく》經つと眩い光に眼が疲れてか、氣が少し焦立つて來た。
「今に見ろ! 今に見ろ!」
 這※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]事を出任せに口走つて見て、渠はヒョクリと立ち上り、杉の根方を彼方此方、態と興奮した樣な足調《あしどり》で歩き出した。と、地面に匐つた太い木の根に躓いて、其|機會《はずみ》にまだ新しい下駄の鼻緒が、フツリと斷れた。チョッと舌皷して蹲踞《しやが》んだが、幻想は迹もない。渠は腰に下げてゐた手拭を裂いて、長い事掛つて漸くとそれをすげた。そしてトボ/\と山を下つた。
 穗の出初めた粟畑がある。ガサ/\と葉が鳴つて、

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