曉の今迄遂ぞ夢にだに見なかつた大いなる歡喜を心に描き出した。
「會堂が那處《あそこ》に建つ!」と、屹と西山の嶺に瞳を据ゑる。
「然うだ、那處に建つ!」恁う思つただけで、松太郎の目には、その、純白な、繪に見る城の樣な、數知れぬ窓のある巍然たる大殿堂が鮮かに浮んで來た。その高い、高い天蓋《やね》の尖端、それに、朝日が最初の光を投げ、夕日が最後の光を懸ける……。
 渠は又、近所の誰彼、見知り越しの少年共を、自分が生村の會堂で育てられた如く、育てて、教へて……と考へて來て、周圍に人無きを幸ひ、其等に對する時の嚴かな態度をして見た。
「抑々天理教といふものはな――」
と、自分の教へられた支部長の聲色を使つて、眼の前の石塊を睨んだ。
「すべて、私念《わたくし》といふ陋劣《さもし》い心があればこそ、人間は種々の惡き企畫《たくらみ》を起すものぢや。罪惡の源は私念、私念あつての此世の亂れぢや。可いかな? その陋劣《さもし》い心を人間の胸から攘ひ淨めて、富めるも賤きも、眞に四民平等の樂天地を作る。それが此教の第一の目的ぢや。解つたぞな?」
 恁う言ひ乍ら、渠はその目を移して西山の嶺を見、また、凹地の底の村
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