やうに置かれ、畑仕事は女の内職の樣に閑却されて、旅人對手の渡世だけに收入も多く人氣も立つてゐた。夏になれば氷屋の店も張られた。――それもこれも今は纔かに、老人達の追憶談に殘つて、村は年毎に、宛然《さながら》藁火の消えてゆく樣に衰へた。生業は奪はれ、税金は高くなり、諸式は騰り、増えるのは子供許り。唯一輛殘つてゐた俥の持主は五年前に死んで曳く人なく、轅の折れた其俥は、遂この頃まで其家の裏井戸の側で見懸けられたものだ。旅籠屋であつた大きい二階建の、その二階の格子が、折れたり歪んだり、晝でも鼠が其處に遊んでゐる。今では三國屋といふ木賃が唯一軒。
松太郎は其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]事は知らぬ。血の氣の薄い、張合の無い、氣病《きやみ》の後の樣な弛んだ顏に眩い午後の日を受けて、物珍し相にこの村を瞰下してゐると、不圖、生れ村の父親の建てた會堂の丘から、その村を見渡した時の心地が胸に浮んだ。
取り留めのない空想が一圖に湧いた。愚さの故でもあらう、汗ばんだ、生き甲斐のない顏が少し色ばんで、鈍い眼も輝いて來た。渠は、自分一人の力でこの村を教化し盡した勝利の
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