づ/\》と入つて來る松太郎を見ると、生柴を大爐に折燻べてフウ/\吹いてゐたお由は、突然、
『お前が、俺許《おらどこ》さ泊《と》めて呉《く》ろづな?』と、無遠慮に叱る樣に言ふ。
『左樣さ。私《わし》はな……』と、松太郎は少し狼狽《うろた》へて、諄々《くど/\》初對面の挨拶をすると、
『何有《なあに》ハア、月々三兩せえ出せば、死《くたば》るまでも置いて遣《や》べえどら。』
移轉祝の積りで、重兵衞が酒を五合買つて來た。二人はお由にも天理教に入ることを勸めた。
『何有《なあに》ハア、俺みたいな惡黨女にや神樣も佛樣も死《くたば》る時で無《え》えば用ア無えどもな。何だべえせえ。自分の居《を》ツ家《とこ》が然《そ》でなかつたら具合が惡かんべえが? 然だらハア、俺ア酒え飮むのさ邪魔さねえば、何方《どつち》でも可いどら。』
と、お由は鐵漿《おはぐろ》の剥げた穢ない齒を露出《むきだ》にして、ワッハヽヽと男の樣に笑つたものだ。鍛冶屋の門と此の家の門に、『神道天理教會』と書いた、丈五寸許りの、硝子を嵌めた表札が掲げられた。
二三日經つてからの事、爲樣事なしの松太郎はブラリと宿を出て、其處此處に赤い百合の花
前へ
次へ
全36ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング