重兵衞も改宗を勸められた事があつた。但し此事は松太郎に對して噎《おくび》にも出さなかつた。
翌朝、松太郎は早速××支部に宛てて手紙を出した。四五日經つて返書が來た。その返書は、松太郎が逸早く信者を得た事を祝して其傳道の前途を勵まし、この村に寄留したいといふ希望を聽許《ゆる》した上に、今後傳道費として毎月五圓宛送る旨を書き添へてあつた。松太郎はそれを重兵衞に示して喜ばした上で、恁ういふ相談を持ち掛けた。
『奈何だらうな、重兵衞さん。三國屋に居ると何んの彼《か》ので日に十五錢宛|貪《と》られるがな。そすると月に積つて四圓五十錢で、私は五十錢しか小遣が殘らなくなるでな。些し困るのぢや、私は神樣に使はれる身分で、何も食物の事など構はんのぢやが、稗飯《ひえめし》でも構はんによつて、もつと安く泊める家があるまいかな。奈何だらうな、重兵衞さん、私は貴方《あんた》一人が手頼《たより》ぢやが……』
『然うだなア!』と、重兵衞は重々しく首を傾《かし》げて、薪雜棒《まきざつぱう》の樣な腕を拱いだ。月四圓五十錢は成程この村にしては高い。それより安くても泊めて呉れさうな家が、那家《あそこ》、那家《あそこ》と二
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