な、何れも皆立派な美徳を具へた神樣達ぢやが、わが天理王の命と申すは、何と有難い事でな、この十柱の神樣の美徳を悉皆具へて御座る。』
『成程。それで何かな、先生、お前樣は一人でも此村に信者が出來ると、何處へも行かねえつて言つたけが、眞箇《ほんと》かな? それ聞かねえと飛んだブマ見るだ。』
『眞箇ともさ。』
『眞箇かな?』
『眞箇ともさ。』
『愈々眞箇かな?』
『ハテ、奈何して嘘なもんかなア。』と言ひは言つたが、松太郎は餘り冗く訊かれるので何がなしに二の足を踏みたくなつた。
『先生、そンだらハア。』と、重兵衞は、突然膝を乘出した。『俺が成つてやるだ。今夜から。』
『信者にか?』と、鈍い眼が俄かに輝く。
『然うせえ。外に何になるだア!』
『重兵衞さん、そら眞箇かな?』と、松太郎は筒拔けた樣な驚喜の聲を放つた。三日目に信者が出來る、それは渠の豫想しなかつた所、否、渠は何時、自分の傳道によつて信者が出來るといふ確信を持つた事があるか?
 この鍛冶屋の重兵衞といふのは、針の樣な髯を顏一面にモヂャ/\さした、それは/\逞しい六尺近い大男で、左の眼が潰れた、『眇目鍛冶《めつこかぢ》』と子供等が呼ぶ。齡は
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