といふ希望を聴許《ゆる》した上に、今後伝道費として毎月金五円宛送る旨を書き添へてあつた。松太郎はそれを重兵衛に示して喜ばした上で、恁《か》ういふ相談を持掛けた。
『奈何《どう》だらうな、重兵衛さん。三国屋に居ると何の彼ので日に十五銭宛|貪《と》られるがな。そすると月に積つて四円五十銭で、私《わし》は五十銭しか小遣が残らなくなるでな。些《すこ》し困るのぢや。私《わし》は神様に使はれる身分で、何も食物の事など構はんのぢやが、稗飯《ひえめし》でも構はんによつて、モツト安く泊める家《うち》があるまいかな。奈何だらうな、重兵衛さん、私《わし》は貴方《あんた》一人が手頼《たより》ぢやが……』
『然うだなア!』と、重兵衛は重々しく首を傾《かし》げて、薪雑棒《まきざつぼう》の様な両腕を拱《こまね》いだ。月四円五十銭は成程この村にしては高い。それより安くても泊めて呉れさうな家が、那家《あそこ》、那家《あそこ》と二三軒心に無いではない。が、重兵衛は何事にまれ此方から頭を下げて他人《ひと》に頼む事は嫌ひなのだ。
 翌朝、家が見付かつたと言つて重兵衛が遣つて来た。それは鍛冶屋の隣りのお由《よし》寡婦《やもめ》が家、月三円で、その代り粟八分の飯で忍耐《がまん》しろと言ふ。口に似合はぬ親切な野爺《おやぢ》だと、松太郎は心に感謝した。
『で、何かな、そのお由といふ寡婦《やもめ》さんは全くの独身住《ひとりずみ》かな?』
『然うせえ。』
『左様か。それで齢は老《と》つてるだらうな?』
『ワツハハ。心配《しんぺい》する事ア無《ね》え、先生。齢ア四十一だべえが、村一番の醜婦《みたくなし》の巨女《おほをなご》だア、加之《それに》ハア、酒を飲めば一升も飲むし、甚※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《どんな》男も手余《てやまし》にする位《くれい》の悪酔語堀《ごんぼうほり》だで。』と、嚇かす様に言つたが、重兵衛は、眼を円くして驚く松太郎の顔を見ると俄かに気を変へて、
『そだどもな、根が正直者だおの、結句気楽な女《をなご》せえ喃《なあ》。』
 善は急げと、其日すぐお由の家に移転《うつ》つた。重兵衛の後に跟《つ》いて怖々《おづおづ》入つて来る松太郎を見ると、生柴《なましば》を大炉《おほろ》に折《をり》燻《く》べてフウフウ吹いてゐたお由は、突然《いきなり》、
『お前《めえ》が、俺許《おらどこ》さ泊めて呉《け》ろづな?』と、無遠慮に叱る様に言ふ。
『左様さ。私《わし》はな……』と、松太郎は少許《すこし》狼狽《うろた》へて、諄々《くどくど》初対面の挨拶をすると、
『何有《なあに》ハア、月々三両せえ出せば、死《くたば》るまででも置いて遣《や》べえどら。』
 移転祝《ひつこしいはひ》の積りで、重兵衛が酒を五合買つて来た。二人はお由にも天理教に入ることを勧めた。
『何有《なあに》ハア、俺《おら》みたいな悪党女《あくたうをなご》にや神様も仏様も死《くたば》る時で無《ね》えば用ア無えどもな。何だべえせえ、自分の居《を》ツ家《とこ》が然《そ》でなかつたら具合《ぐあえ》が悪かんべえが? 然《そ》だらハア、俺《おら》ア酒え飲むのさ邪魔さねえば、何方《どつち》でも可《い》いどら。』
と、お由は、黒漿《おはぐろ》の剥げた穢い歯を露出《むきだし》にして、ワツハヽヽと男の様に笑つたものだ。鍛冶屋の門《かど》と此の家の門に、『神道天理教会』と書いた、丈《たけ》五寸許りの、硝子を嵌《は》めた表札が掲げられた。
 二三日経つてからの事、為様事《しやうこと》なしの松太郎はブラリと宿を出て、其処此処に赤い百合の花の咲いた畑径《はたけみち》を、唯一人東山へ登つて見た。何の風情もない、饅頭笠《まんぢうがさ》を伏せた様な芝山で、逶※[#「二点しんにょう+施のつくり」、第3水準1−92−52]《うねくね》した径《みち》が嶺《いただき》に尽きると、太い杉の樹が矗々《すくすく》と、八九本立つてゐて、二間四方の荒れ果てた愛宕神社の祠《ほこら》。
 その祠の階段《だん》に腰を掛けると、此処よりは少許《すこし》低目の、同じ形の西山に真面《まとも》に対合《むかひあ》つた。間が浅い凹地《くぼち》になつて、浮世の廃道と謂つた様な、塵白く、石多い、通行《とほり》少い往還が、其底を一直線《ましぐら》に貫いてゐる。両《ふたつ》の丘陵《おか》は中腹から耕されて、夷《なだら》かな勾配を作つた畑が家々の裏口まで迫つた。村が一目に瞰下《みおろ》される。
 その往還にも、昔は、電信柱が行儀よく列んで、毎日|午《ひる》近くなると、調子面白い喇叭《ラツパ》の音を澄んだ山国《さんごく》の空気に響かせて、赤く黄く塗つた円太郎馬車が、南から北から、勇しくこの村に躍込んだものだ。その喇叭の音は、二十年来|礑《はた》と聞こえずなつた。隣村に停車場が出来てから通行《とほり》が絶えて、電信柱さへ何日しか取除《とりのぞ》かれたので。
 その時代《ころ》は又、村に相応な旅籠屋《はたごや》も三四軒あり、俥も十輛近くあつた。荷馬車と駄馬は家毎の様に置かれ、畑仕事は女の内職の様に閑却されて、旅人|対手《あひて》の渡世だけに収入《みいり》も多く人気も立つてゐた。夏になれば氷屋の店も張られた。――それもこれも今は纔《わづ》かに、老人達《としよりたち》の追憶談《むかしばなし》に残つて、村は年毎に、宛然《さながら》藁火の消えてゆく様に衰へた。生業《なりはひ》は奪はれ、税金は高くなり、諸式は騰《あが》り、増えるのは小供許り。唯《たつた》一輛残つてゐた俥の持主は五年前に死んで曳く人なく、轅《かじ》の折れた其俥は、遂この頃まで其家《そこ》の裏井戸の側《わき》で見懸けられたものだ。旅籠屋であつた大きい二階建の、その二階の格子が、折れたり歪んだり、昼でも鼠が其処に遊んでゐる。今では三国屋といふ木賃が唯一軒。
 松太郎は、其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》事は知らぬ。血の気の薄い、張合の無い、気病《きやみ》の後の様な弛《たる》んだ顔に眩《まぶし》い午後の日を受けて、物珍らし相にこの村を瞰下《みおろ》してゐると、不図、生村《うまれむら》の父親《おやぢ》の建てた会堂の丘から、その村を見渡した時の心地が胸に浮んだ。
 取留のない空想が一図に湧いた。愚さの故でもあらう、汗ばんだ、生き甲斐のない顔色《かほ》が少許色ばんで、鈍い眼も輝いて来た。渠《かれ》は、自己《おのれ》一人の力でこの村を教化し尽した勝利の暁の今迄遂ぞ夢にだに見なかつた大いなる歓喜《よろこび》を心に描き出した。
「会堂が那処《あそこ》に建つ!」と、屹《きつ》と西山の嶺《いただき》に瞳を据ゑる。
「然うだ、那処に建つ!」恁《か》う思つただけで、松太郎の目には、その、純白《まつしろ》な、絵に見る城の様な、数知れぬ窓のある、巍然《ぎぜん》たる大殿堂が鮮かに浮んで来た。その高い、高い天蓋《やね》の尖端《とんがり》、それに、朝日が最初の光を投げ、夕日が最後の光を懸ける……。
 渠は又、近所の誰彼、見知越《みしりごし》の少年共を、自分が生村の会堂で育てられた如く、育てて、教へて……と考へて来て、周囲《あたり》に人無きを幸ひ、其等に対する時の厳《おごそ》かな態度をして見た。
『抑々《そもそも》天理教といふものはな――』
と、自分の教へられた支部長の声色を使つて、眼前の石塊《いしころ》を睨んだ。
『すべて、私念《わたくし》といふ陋劣《さもし》い心があればこそ、人間《ひと》は種々《いろいろ》の悪《あし》き企画《たくらみ》を起すものぢや。罪悪《あしき》の源は私念《わたくし》、私念あつての此世の乱れぢや。可《い》いかな? その陋劣《さもし》い心を人間《ひと》の胸から攘《はら》ひ浄めて、富めるも賤きも、真に四民平等の楽天地を作る。それが此教の第一の目的ぢや。解つたぞな?』
 恁う言ひ乍ら、渠はその目を移して西山の巓《いただき》を見、また、凹地《くぼち》の底の村を瞰下した。古昔《いにしへ》の尊き使徒が異教人の国を望んだ時の心地だ。圧潰《おしつぶ》した様に二列《ふたならび》に列んだ茅葺の屋根、其処からは鶏の声が間を置いて聞えて来る。
 習《そよ》との風も無い。最中過《さなかすぎ》の八月の日光《ひかげ》が躍るが如く溢れ渡つた。気が付くと、畑々には人影が見えぬ。恰度、盆の十四日であつた。
 松太郎は、何がなしに生甲斐がある様な気がして、深く深く、杉の樹脂《やに》の香る空気を吸つた。が、霎時《しばらく》経つと眩《まぶし》い光に眼が疲れてか、気が少し、焦立つて来た。
『今に見ろ! 今に見ろ!』
 這※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《こんな》事を出任せに口走つて見て、渠はヒヨクリと立上り、杉の根方を彼方此方《あちらこちら》、態《わざ》と興奮した様な足調《あしどり》で歩き出した。と、地面《じべた》に匐《のたく》つた太い木根に躓《つまづ》いて、其|機会《はずみ》にまだ新しい下駄の鼻緒が、フツリと断《き》れた。チヨツと舌鼓《したうち》して蹲踞《しやが》んだが、幻想《まぼろし》は迹《あと》もなし。渠は腰に下げてゐた手拭を裂いて、長い事掛つて漸々《やうやう》それをすげた。そしてトボトボと山を下つた。
 穂の出初《でそ》めた粟畑がある。ガサ/\と葉が鳴つて、
『先生様ア!』
と、若々しい娘の声が、突然《いきなり》、調戯《からか》ふ様な調子で耳近く聞えた。松太郎は礑《はた》と足を留めて、キヨロキヨロ周囲《あたり》を見巡した。誰も見えない。粟の穂がフイと飛んで来て、胸に当つた。
『誰だい?』
と、渠は少許《すこし》気味の悪い様に呼んで見た。カサとの音もせぬ。
『誰だい?』
 二度呼んでも返答《こたへ》が無いので、苦笑ひをして歩き出さうとすると、
『ホホヽヽ。』
と澄んだ笑声がして、白手拭を被つた小娘の顔が、二三間|隔《へだた》つた粟の上に現れた。
『何ぞ、お常ツ子かい!』
『ホホヽヽ。』と再《また》笑つて、『先生様ア、お前様《めえさま》狐踊踊るづア、今夜《こんにや》俺《おら》と一緒に踊らねえすか? 今夜《こんにや》から盆だず。』
『フフヽヽ。』と松太郎は笑つた。そして急しく周囲を見廻した。
『なツす、先生様ア。』とお常は厭迄《あくまで》曇りのないクリクリした眼で調戯《からか》つてゐる。十五六の、色の黒い、晴やかな邪気無《あどけな》い小娘で、近所の駄菓子屋の二番目だ。松太郎の通行《とほ》る度、店先にゐさへすれば、屹度この眼で調戯《からか》ふ。落花生《なんきんまめ》の殻を投げることもある。
 渠は不図、別な、全く別な、或る新しい生甲斐のある世界を、お常のクリクリした眼の中に発見した。そして、ツイと自分も粟畑の中に入つた。お常は笑つて立つてゐる。松太郎も、口元に痙攣《ひきつ》つた様な笑ひを浮べて胸に動悸をさせ乍ら近づいた。
 この事あつて以来、松太郎は妙に気がソワついて来て、暇さへあれば、ブラリと懐手《ふところで》をして畑径《はたけみち》を歩く様になつた。わが歩いてる径の彼方から白手拭が見える、と、渠《かれ》は既《も》うホクホク嬉しくてならぬ。知らんか振りをして行くと、娘共は屹度何か調戯《からか》つて行き過ぎる。
『フフヽヽ。』
と恁《か》うマア、自分の威厳を傷けぬ程度で笑つたものだ。そして、家に帰ると例《いつ》になく食慾が進む。
 近所の人々とも親みがついた。渠の仕事は、その人々に手紙の代筆をして呉れる事である。日が暮れると鍛冶屋の店へ遊びに行く。でなければ、お常と約束の場所で逢ふ。お由が何家《どこ》かへ振舞酒にでも招《よ》ばれると、密乎《こつそり》と娘を連れ込む事もある。娘の帰つた後、一人ニヤニヤと可厭《いや》な笑方をして、炉端に胡坐《あぐら》をかいてると、屹度、お由がグデングデンに酔払つて、対手なしに悪言《あくたい》を吐《つ》き乍ら帰つて来る。
『何だ此畜生《こんちきしやう》奴《め》、汝《うぬ》ア何故《なんしや》此家《ここ》に居る? ウン此
前へ 次へ
全4ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング