ないか。少くとも、そういう実際の社会生活上の問題を云々《うんぬん》しない事を以て、忠実なる文芸家、溌溂《はつらつ》たる近代人の面目であるというように見せている、或いは見ている人はないか。実際上の問題を軽蔑《けいべつ》する事を近代の虚無的傾向であるというように速了している人はないか。有る――少くとも、我々をしてそういう風に疑わしめるような傾向が、現代の或る一隅に確《たしか》に有ると私は思う。

        三

 性急な心は、目的を失った心である。この山の頂きからあの山の頂きに行かんとして、当然経ねばならぬところの路《みち》を踏まずに、一足飛びに、足を地から離した心である。危い事この上もない。目的を失った心は、その人の生活の意義を破産せしめるものである。人生の問題を考察するという人にして、もしも自分自身の生活の内容を成しているところの実際上の諸問題を軽蔑し、自己その物を軽蔑するものでなければならぬ。自己を軽蔑する人、地から足を離している人が、人生について考えるというそれ自体が既に矛盾であり、滑稽《こっけい》であり、かつ悲惨である。我々は何をそういう人々から聞き得るであろうか。安価なる
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