言える。……日本はその国家組織の根底の堅く、かつ深い点に於て、何《いず》れの国にも優《まさ》っている国である。従って、もしも此処《ここ》に真に国家と個人との関係に就いて真面目《しんめんぼく》に疑惑を懐《いだ》いた人があるとするならば、その人の疑惑|乃至《ないし》反抗は、同じ疑惑を懐いた何れの国の人よりも深く、強く、痛切でなければならぬ筈《はず》である。そして、輓近《ばんきん》一部の日本人によって起されたところの自然主義の運動なるものは、旧道徳、旧思想、旧習慣のすべてに対して反抗を試みたと全く同じ理由に於て、この国家という既定の権力に対しても、その懐疑の鉾尖《ほこさき》を向けねばならぬ性質のものであった。然し我々は、何をその人達から聞き得たであろう。其処《そこ》にもまた、呪《のろ》うべく愍《あわ》れむべき性急な心が頭を擡《もた》げて、深く、強く、痛切なるべき考察を回避し、早く既に、あたかも夫に忠実なる妻、妻に忠実なる夫を笑い、神経の過敏でないところの人を笑うと同じ態度を以て、国家というものに就いて真面目に考えている人を笑うような傾向が、或る種類の青年の間に風《ふう》を成しているような事は
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