の考慮をも要せざる可く候。然《しか》れども強盛なる生存の意義の自覚に基かざる感激は、遂に火酒一酔の行動以上に出で難き事と存候。既に神聖なる軍国の議会に、露探《ろたん》問題を上したるの恥辱を有す。同胞は、宜《よろ》しく物質の魔力に溺れむとする内心の状態を省みる可く候。省みて若《も》し、漸く麻痺せむとする日本精神を以て新たなる理想の栄光裡に復活せしめむとする者あらば、先づ正に我がキヨルネルに学ばざる可《べ》からず候はざるか。愛国の至情は人間の美はしき本然性情なり。個人絶対主義の大ニイチエも、普仏戦争に際しては奮激禁ぜず、栄誉あるバアゼルの大学講座を捨てゝ普軍のために一看護卒たるを辞せざりき、あゝ今の時に於て、彼を解する者に非ざれば、又吾人の真情を解せざる可く候。身を軍籍に措《お》かざれば祖国のために尽すの路なきが如き、利子付きにて戻る国債応募額の多寡《たくわ》によつて愛国心の程度が計らるゝ世の中に候。嗟嘆《ああ》、頓首。

[#5字下げ]四[#「四」は中見出し]

 四月二十八日午前九時
 今日は空前の早起致し候ため、実は雨でも降るかと心配仕り候処、春光嬉々として空に一点の雲翳《うんえい》
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