を千代田城下に担ひ来らむとす。而《しか》も吾人はこの難関に立たしむべき一人のビ公を有し候ふや否や。あらず、彼を生み出したる独逸の国民的自覚と、民族的理想と自由の精気と堅忍進取の覚悟の萌芽を四千余万の頭脳より搾出《さくしゆつ》し得べきや否や。勝敗真に時の運とせば、吾人は、トルストイを有し、ゴルキイを有し、アレキセーフを有し、ウヰツテを有する戦敗国の文明に対して何等|後《しり》へに瞠若《だうじやく》たるの点なきや否や。果《は》た又、我が父祖の国をして屈辱の平和より脱せむが為めに再び正義の名を借りて干戈《かんくわ》を動かさしむるの時に立ち至らざるや否や。書して茲《ここ》に至り吾人は実に悵然《ちやうぜん》として転《うた》た大息を禁ずる能はざる者に候。鳴呼《ああ》今の時、今の社会に於て、大器を呼び天才を求むるの愚は、蓋《けだ》し街頭の砂塵より緑玉《エメラルド》を拾はむとするよりも甚しき事と存候。吾人は我が国民意識の最高調の中に、全一の調和に基ける文化の根本的発達の希望と、愛と意志の人生に於ける意義を拡充したる民族的理想の、一日も早く鬱勃《うつぼつ》として現はれ来らむ事を祈るの外に、殆《ほと》んど
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