人の思想、文学、美術、学芸、制度、風気の凡《すべ》てをして其存在の意義を世界文化史上に求めむが為めに、之が助長的動力として要する所の政治者は固より内隠忍外|倨傲《きよがう》然《しか》も事に当りて甚だ小胆なる太郎内閣に非ず、果《は》たかの伊藤や大隈や松方や山県に非ずして、実に時勢を洞観する一大理想的天才[#「一大理想的天才」に丸傍点]ならざる可からず候。一例をあぐれば、其名|独逸《ドイツ》建国の歴史を統《す》ぶる巨人ビスマルクの如きに候ふ可《べ》く、普仏戦争に際して、非常の声誉と、莫大の償金と、アルサス、ローレンスと、烈火の如き仏人の怨恨とを担《にな》ふて、伯林《ベルリン》城下に雷霆《らいてい》の凱歌《がいか》を揚げたる新独逸《ヨングドイチエ》を導きて、敗れたる国の文明果して劣れるか、勝たる国の文明果して優れるかと叫べるニイチエの大警告に恥ぢざる底の発達を今日に残し得たる彼の偉業は、彼を思ふ毎に思はず吾人をして讃嘆せしむる所に候はずや。鳴呼《ああ》今や我が新日本は、時を変へ、所を変へ、人種を変へて、東洋の、否世界の、一大普仏戦争に臨み、遠からずして独逸以上の光栄と、猜疑と、怨恨と、報酬と
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