みよ。残るところはただ醜き平凡なる、とても吾人の想像にすらたゆべからざる死骸《しがい》のみではないか。
自由に対する慾望は、しかしながら、すでに煩多《はんた》なる死法則を形成した保守的社会にありては、つねに蛇蠍《だかつ》のごとく嫌われ、悪魔のごとく恐れらるる。これ他なし、幾十年もしくは幾百年幾千年の因襲的《いんしゅうてき》法則をもって個人の権能を束縛する社会に対して、我と我が天地を造らむとする人は、勢いまず奮闘《ふんとう》の態度を採《と》り侵略の行動に出なければならぬ。四囲の抑制ようやく烈しきにしたがってはついにこれに反逆し破壊するの挙に出る。階級といい習慣といい社会道徳という、我が作れる縄に縛られ、我が作れる狭き獄室に惰眠《だみん》を貪《むさぼ》る徒輩《とはい》は、ここにおいて狼狽《ろうばい》し、奮激《ふんげき》し、あらん限りの手段をもって、血眼《ちまなこ》になって、我が勇敢なる侵略者を迫害する。かくて人生は永劫《えいごう》の戦場である。個人が社会と戦い、青年が老人と戦い、進取と自由が保守と執着に組みつき、新らしき者が旧き者と鎬《しのぎ》を削《けず》る。勝つ者は青史の天に星と化して
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