すべての人の誇りとするその「文明」なるものは、けっしてありがたいものではない。人は誰しも自由を欲するものである。服従と自己抑制とは時として人間の美徳であるけれども、人生を司配すること、この自由に対する慾望ばかり強くして大なるはない。歴史とは大人物の伝記のみとカーライルの喝破《かっぱ》した言にいくぶんなりともその理を認むる者は、かの慾望の偉大なる権威とその壮厳なる勝利とを否定し去ることはとうていできぬであろう。自由に対する慾望とは、啻《ただ》に政治上または経済上の束縛《そくばく》から個人の意志を解放せむとするばかりでなく、自己みずからの世界を自己みずからの力によって創造し、開拓し、司配せんとする慾望である。我みずから我が王たらんとし、我がいっさいの能力を我みずから使用せんとする慾望である。人によりて強弱あり、大小はあるが、この慾望の最も熾《さか》んな者はすなわち天才である。天才とは畢竟《ひっきょう》創造力の意にほかならぬ。世界の歴史はようするに、この自主創造の猛烈な個人的慾望の、変化極りなき消長を語るものであるのだ。嘘と思うなら、かりにいっさいの天才英雄を歴史の上から抹殺《まっさつ》して
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