が付くと、同車の人々は手廻りの物などを片付けてゐる。小娘に帯を締直して遣つてゐる母親もあつた。既《も》う札幌に着くのかと思つて、時計を見ると一時を五分過ぎてゐた。窓から顔を出すと、行手に方《あた》つて蓊乎《こんもり》とした木立が見え、大きい白ペンキ塗の建物も見えた。間もなく其建物の前を過ぎて、汽車は札幌駅に着いた。
 乗客の大半は此処で降りた。私も小形の鞄一つを下げて乗降庭《プラツトフオオム》に立つと、二歳になる女の児を抱いた、背の高い立見君の姿が直ぐ目についた。も一人の友人も迎へに来て呉れた。
『君の家は近いね?』
『近い。どうして知つてるね?』
『子供を抱いて来てるぢやないか。』
 改札口から広場に出ると、私は一寸立停つて見たい様に思つた。道幅の莫迦に広い停車場通りの、両側のアカシヤの街※[#「木+越」、第3水準1−86−11]《なみき》は、蕭条《せうでう》たる秋の雨に遠く/\煙つてゐる。其下を往来《ゆきき》する人の歩みは皆静かだ。男も女もしめやかな恋を抱いて歩いてる様に見える。蛇目の傘をさした若い女の紫の袴が、その周匝《あたり》の風物としつくり調和してゐた。傘をさす程の雨でもなか
前へ 次へ
全25ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング