見《みち》の境を旅するといふ感じは、犇々《ひしひし》と私の胸に迫つて来た。空は低く曇つてゐた。目を遮ぎる物もない曠野の処々には人家の屋根が見える。名も知らぬ灌木《くわんぼく》の叢生した箇処《ところ》がある。沼地がある――其処には蘆荻の風に騒ぐ状《さま》が見られた。不図、二町とは離れぬ小溝の縁の畔路《あぜみち》を、赤毛の犬を伴《つ》れた男が行く。犬が不意に駆け出した。男は膝まづいた。その前に白い煙がパツと立つた――猟夫だ。蘆荻の中から鴫らしい鳥が二羽、横さまに飛んで行くのが見えた。其向ふには、灌木の林の前に茫然《ぼんやり》と立つて、汽車を眺めてゐる農夫があつた。
 恁《か》くして北海道の奥深く入つて行くのだ。恁くして、或者は自然と、或者は人間同志で、内地の人の知らぬ劇《はげ》しい戦ひを戦つてゐる北海道の生活の、だん/\底へと入つて行くのだ――といふ感じが、その時私の心に湧いた。――その時はまだ私の心も単純であつた。既にその劇しい戦ひの中へ割込み、底から底と潜り抜けて、遂々《たうたう》敗けて帰つて来た私の今の心に較べると、実際その時の私は、単純であつた――
 小雨が音なく降り出した来た。気
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