ある。出からしになつた急須の茶滓を茶碗の一つに空けて、机の下から小さい葉鉄《ブリキ》の茶壺を取出したが、その手付がいかにも懶《ものぐ》さ相《さう》で、私の様な気の早い者が見ると、もどかしくなる位|緩々《のろのろ》してゐる。
 ギシ/\する茶壺の蓋を取つて、中蓋の取手に手を掛けると、其儘後藤君は凝乎《じつ》と考へ込んで了つた。左の眉の根がピクリ、ピクリと神経的に痙攣《ひきつ》けてゐる。
 やゝあつてから、
『君、』と言つて中蓋を取つたが、その儘茶壺を机の端に載せて、
『僕等も出掛けようぢやないか? 少し寒いけれど。』
『何処へ?』
『何処へでも可い。歩きながら話すんだ。此室《ここ》には、(と声を落して、目で壁隣りの室を指し乍ら、)君、S――新聞の主筆の従弟といふ奴が居るんだ。恁※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]処で一時間も二時間も密談してると人にも怪まれるし、第一|此方《こつち》も気が塞《つま》る。歩き乍らの方が可い。』
『何をしてるね、隣の奴は?』
『其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》声
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