か。――奈何《どう》だい、出懸けるなら一緒に出懸けないか?』
『何有《なあに》、悪い処へは行かないから、安心して先に出て呉れ給へ。』
『莫迦に僕を邪魔にする! が、マア免して置け。その代り儲かつたら割前を寄越さんと承知せんぞ。左様なら。』
 そして室を出しなに後を向いて、
『君等ア薄野《すすきの》(遊廓)に行くんぢやないのか?』と狐疑深《うたぐりぶか》い目付をした。
 その男を送出して室に帰ると、後藤君は落胆《がつかり》した様な顔をして、眉間に深い皺を寄せてゐた。
『遂々《たうたう》追出してやつた、ハハヽヽ。』と笑ひ乍ら坐つたが、張合の抜けた様な笑声であつた。そして、
『あれで君、彼奴《あいつ》はS――社中では敏腕家なんだ。』
『可厭《いや》な奴だねえ。』
『君は案外人嫌ひをする様だね。あれでも根は好人物《おひとよし》で、訛《だま》せるところがある。』
『但し君は人を訛すことの出来ない人だ。』
『然うか……も知れないな。』と言つて、グタリと頤を襟に埋めた。そして、手で頸筋を撫でながら、
『近頃此処が痛くて困る。少し長い物を書いたり、今の様な奴と話をしたりすると、屹度痛くなつて来る。』

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