小便《おしつこ》しては可けませんから。』と妻が言つても、
『否《いいえ》、構ひませんから、も少し借して下さい。』と言つて却々《なかなか》放さない。母親は笑つてゐた。
 二人限になつた時、妻は何かの序《ついで》に恁※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《こんな》事を言つた。
『真佐子さんは少し藪睨みですね。穏《おとな》しい方でせう。』
 軈て出社の時刻になつた。玄関を出ると、其処からは見えない生垣の内側に、私の子を抱いた真佐子が立つてゐた。私を見ると、
『あれ、父様ですよ、父様ですよ。』と言つて子供に教へる。
『重くありませんか、其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》に抱いてゐて?』
『否《いいえ》、嬢ちやん、サア、お土産《みや》を買つて来て下さいツて。マア何とも仰しやらない!』
と言ひながら、耐らないと言つた態《ふう》に頬擦りをする。赤児を可愛がる処女には男の心を擽る様な点《ところ》がある。私は二三歩真佐子に近づいたが、気がつくと玄関にはまだ妻が立つてるので、其儘門外へ出て了つた。
 帰つて来た
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