に其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》事言ふと、母さんに叱られますよ。』
と、姉が妹を譴《たしな》める。
『ハハヽヽ。』と軽く笑つて、私は室に入つて了つた。
『だつて、切角戴いたのは姉ちやんが取上げたんだもの……』と、民子が不平顔をして言つてる様子。
 真佐子は、口を抑へる様にして何か言つて慰《なだ》めてゐた。
 私は毎日午後一時頃から社に行つて、暗くなる頃に帰つて来る。その日は帰途《かへり》に雨に会つて来て、食事に茶の間に行くと、外の人は既《も》う済んで私|一人限《ひとりきり》だ。内儀は私に少し濡れた羽織を脱がせて、真佐子に切炉の火で乾《ほ》させ乍ら、自分は私に飯を装《よそ》つて呉れてゐた。火に翳した羽織からは湯気が立つてゐる。思つたよりは濡れてゐると見えて却々《なかなか》乾せない。好《い》い事にして私は三十分の余も内儀相手にお喋舌《しやべり》をしてゐた。


 その翌日、私の妻が来た。既《も》う函館からは引上げて小樽に来てゐるのであるが、さう何時までも姉の家に厄介になつても居られないので、それやこれやの打合せに来たのだ。私の子供
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