陰地《こさぢ》に寄せて、
足もとの朝草小露明らみぬ。
風はも涼《すず》し。
みちのくの牧の若人露ふみて
もとほり心角《くだ》吹けば、
吹き、また吹けば、
渓川《たにがは》の石津瀬《いはつせ》はしる水音も
あはれ、いのちの小鼓《こつづみ》の鳴の遠音《とほね》と
ひびき寄す。
ああ静心《しづごころ》なし。
丘のつづきの草の上《へ》に
白き光のまろぶかと
ふとしも動く物の影。――
凹《くぼ》みの埓《かこひ》の中に寝て、
心うゑたる暁の夢よりさめし
小羊の群は、静かにひびき来る
角の遠音にあくがれて、
埓こえ、草をふみしだき、直《ひた》に走りぬ。
暁の声する方《かた》の丘の辺《へ》に。――
ああ歓《よろこ》びの朝の舞、
新乳《にひち》の色の衣して、若き羊は
角ふく人の身を繞《めぐ》り、
すずしき風に啼《な》き交《かは》し、また小躍《こをど》りぬ。
あはれ、いのちの高丘に
誰ぞ角吹かば、
我も亦《また》この世の埓をとびこえて、
野ゆき、川ゆき、森をゆき、
かの山越えて、海越えて、
行かましものと、
みちのくの谷の若人、いやさらに
角吹き吹きて、静心なし。
年老いし彼は商人
年老いし彼は
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