商人《あきびと》。
靴《くつ》、鞄《かばん》、帽子、革帯《かはおび》、
ところせく列《なら》べる店に
坐り居て、客のくる毎《ごと》、
尽日《ひねもす》や、はた、電燈の
青く照る夜も更《ふ》くるまで、
てらてらに禿《は》げし頭を
礼《ゐや》あつく千度《ちたび》下げつつ、
なれたれば、いと滑《なめ》らかに
数数の世辞をならべぬ。
年老いし彼はあき人。
かちかちと生命《いのち》を刻む
ボンボンの下の帳場や、
簿記台《ぼきだい》の上に低《た》れたる
其《その》頭、いと面白《おもしろ》し。

その頭低《た》るる度毎《たびごと》、
彼が日は短くなりつ、
年こそは重みゆきけれ。
かくて、見よ、髪の一条《ひとすぢ》
落ちつ、また、二条、三条、
いつとなく抜けたり、遂《つひ》に
面白し、禿げたる頭。
その頭、禿げゆくままに、
白壁の土蔵《どざう》の二階、
黄金の宝の山は
(目もはゆし、暗《やみ》の中にも。)
積まれたり、いと堆《うづた》かく。

埃及《エジプト》の昔の王は
わが墓の大《だい》金字塔《ピラミド》を
つくるとて、ニルの砂原、
十万の黒兵者《くろつはもの》を
二十年《はたとせ》も役《えき》せし
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