夢地にそそがず。

声もなき
ねむれる都、
しじまりの大いなる
声ありて、霧のまにまに
ただよひぬ、ひろごりぬ、
黒潮のそのどよみと。

ああ声は
昼のぞめきに
けおされしたましひの
打なやむ罪の唸《うな》りか。
さては又、ひねもすの
たたかひの名残《なごり》の声か。

我が窓は、
濁《にご》れる海を
遶《めぐ》らせる城の如、
遠寄《とほよ》せに怖れまどへる
詩《うた》の胸守りつつ、
月光を隈《くま》なく入れぬ。


  東京

かくやくの夏の日は、今
子午《しご》線の上にかかれり。

煙突の鉄の林や、煙皆、煤黒《すすぐろ》き手に
何をかも攫《つか》むとすらむ、ただ直《ひた》に天をぞ射《さ》せる。
百千網《ももちあみ》巷巷《ちまたちまた》に空車行く音もなく
あはれ、今、都大路に、大真夏光動かぬ
寂寞《せきばく》よ、霜夜の如く、百万の心を圧せり。

千万の甍《いらか》今日こそ色もなく打鎮《しづま》りぬ。
紙の片白き千ひらを撒《ま》きて行く通魔《とほりま》ありと、
家家の門や又窓《まど》、黒布に皆とざされぬ。
百千網都大路に人の影暁星の如
いと稀《まれ》に。――かくて、骨泣く寂滅《じやくめ
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