伏せて、
マカロフが名に暫《しば》しは跪《ひざま》づけ。)
万雷波に躍《をど》りて、大軸を
砕《くだ》くとひびく刹那《せつな》に、名にしおふ
黄海の王者、世界の大艦も
くづれ傾むく天地の黒※[#「樞」の「木」に換えて「さんずい」]裡《こくおうり》、
血汐を浴びて、腕をば拱《こまぬ》きて、
無限の憤怒、怒濤《どたう》のかちどきの
渦巻く海に瞳を凝《こ》らしつつ、
大提督は静かに沈みけり。
ああ運命の大海、とこしへの
憤怒の頭擡《かしらもた》ぐる死の波よ、
ひと日、旅順にすさみて、千秋の
うらみ遺《のこ》せる秘密の黒潮よ、
ああ汝《なれ》、かくてこの世の九億劫《おくごふ》、
生と希望と意力《ちから》を呑み去りて
幽暗不知の界《さかひ》に閉ぢこめて、
如何《いか》に、如何なる証《あかし》を『永遠の
生の光』に理《ことわり》示すぞや。
汝《な》が迫害にもろくも沈み行く
この世この生、まことに汝《なれ》が目に
映るが如く値のなきものか。
ああ休《や》んぬかな。歴史の文字は皆
すでに千古の涙にうるほひぬ。
うるほひけりな、今また、マカロフが
おほいなる名も我身の熱涙に。――
彼は沈みぬ、無間《
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