》らに、苦しき声あげて
高く叫ぶよ、(鬼神も跪《ひざま》づけ、
敵も味方も汝《な》が矛《ほこ》地に伏せて、
マカロフが名に暫《しば》しは鎮まれよ。)
ああ偉《おほ》いなる敗将、軍神の
選びに入れる露西亜《ロシア》の孤英雄、
無情の風はまことに君が身に
まこと無情の翼をひろげき、と。

東亜の空にはびこる暗雲の
乱れそめては、黄海波荒く、
残艦哀れ旅順の水寒き
影もさびしき故国の運命《さだめ》に、
君は起《た》ちにき、み神の名を呼びて――
亡びの暗《やみ》の叫びの見かへりや、
我と我が威に輝やく落日の
雲路しばしの勇みを負ふ如く。

壮《さかん》なるかなや、故国の運命を
担《にな》うて勇む胡天《こてん》の君が意気。
君は立てたり、旅順の狂風に
檣頭《しやうとう》高く日を射す提督《ていとく》旗。――
その旗、かなし、波間に捲《ま》きこまれ、
見る見る君が故国の運命と、
世界を撫《な》づるちからも海底に
沈むものとは、ああ神、人知らず。

四月十有三日、日は照らず、
空はくもりて、乱雲すさまじく
故天にかへる辺土の朝の海、
(海も狂へや、鬼神も泣き叫べ、
敵も味方も汝《な》が鋒地《ほこち》に
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